The Social Insight Updater

2010.12.27 update

「クチコミ」は誰に、どのように、語られたいのか?

澁谷 覚(東北大学大学院経済学研究科 教授)

「ブログ始めました」とか「ツイッター始めました」というお知らせ、もしくは宣言は、今となってはもう中華料理店の「冷やし中華始めました」ほどのインパクトしかなくなっている。

それほど一般化しているのだから、逆にメディアとして底知れぬ可能性があるに違いないと、企業はマーケティングやセールスプロモーションに活用しているワケだ。 企業が注目している可能性のひとつが「クチコミ」なのだが、果たしてネット上の「クチコミ」の実力は? 将来性は?

クチコミを研究されている、東北大学の澁谷覚教授を訪ねた、なう。

Facebookに立ちはだかる日本の匿名文化

早い時期にtwitterを使い始めた人たちは、最近twitterがおもしろくないと言い始めた。そういう人たちは、早く使い始めることに価値があるのであって、みんなが使い始めるともう次に興味の対象が移ってしまうのだろう。

日本では、ネットの新しいサービスは、今のところ新しもの好きのツールでしかないのかもしれない。掃除ロボットの「ルンバ」が、2010年の11月に累積販売台数20万台になったという。普及率は0.2%ほどになる計算だが、twitterの中では「今さらルンバ?」という雰囲気がある。
エッジの効いたイノベーターや、さらにその先を行く人たちは、製品やサービスの中身に興味があるのではなく、新しさに価値を見いだしているだけなのである。最先端の新しもの好きが飛びついた後は一般に普及していく段階となるが、その兆しが見えた時点で、すでに彼らの興味は薄れている。twitterもFacebookもその現象を表しつつあるのかもしれないし、mixiは現にそうなっていると言えるだろう。

日本ではmixiも含めてネット上のソーシャルというものが開花していない。これは2010年10月のアドテック東京ではっきり宣言されてしまった。 Facebookを使っている日本人はまだ少ないが、友達登録数は平均で約30人。世界平均は150。マレーシアは平均220人もいる。なぜこれほど違うのか?
Facebookはこれから間違いなくトレンドのひとつになると思われるが、たとえば「mixiやってる・やってない」というレベルと同じように、Facebookをやるのかやらないのか、という捉え方ではなく、すでに普及した国では社会と一緒だという認識を持っている。要するにインフラだということである。
なぜ海外の利用者が多いのかといえば、使わないと連絡が取れないという単純な理由に他ならない。何か楽しいことがあるとか、最先端だとかということではなく、おばあちゃんが孫と連絡を取るのに必要だから。その意味では携帯電話と一緒である。

mixiとFacebookは同じようなSNSと捉えられているが、Facebookは自分の出身校や勤務先を実名で登録している。それがいわばエチケット。だから、ある大学の出身者を検索すれば全部把握できる。
しかし、mixiはほとんど匿名になっているから、広告のターゲティングをしようとしても「20代女性」とか「1都3県」というような括りでしかできない。せいぜい参加しているコミュニティから「このブランドが好きな人」程度になってしまっている。 mixiは、実は広告の精確性でビジネスを展開するはずだったが、そうなっていないのは、匿名性が壁になっているからだろう。
そこが、Facebookとの大きな違い。広告の精度が全く違うのである。

では、日本でFacebookは拡大できるのか?
二つの側面が考えられる。
ひとつは、Facebookを使っている人の絶対数が増えるかどうか?
もうひとつは、使っている人の友達数が増えるかどうか?
絶対数に関して言えば、これまでさまざまな国に展開してきた実績を見ると、すでに普及していた国とこれから普及することが問われている国との間の友達登録が増えるかどうかにかかっている。
つまり、Facrbookは外国に友達がいる人が、その人たちと連絡を取り合うために始め、それから国内の友達を増やしていくのだが、国内の友達登録が外国人の登録数を上回ったときに、一気にテイクオフすることが多いと言われている。 日本ではすでに上回っているらしいのだが、その時点から思ったほど増えていない。他国の経験が日本ではそのままあてはまってはいないのが現状だ。
海外ではFacebookのネットワークをビジネスに活用している利用者も多いが、会社員であるということは、黒子に徹しなければいけないというカルチャーがある日本ではネットに実名と会社名を出すと、社内的にまずいことになるという雰囲気があるように思える。

そもそも日本人は“空気を読む”。
ゼミの学生を見ていると、日本人と留学生ではっきり違う。何か発言を求めても、日本人はお互いに空気を読んで、結局発言しない。下手に目立つと後で何を言われるかわからない。理解しているのに発言しない。「はい!」と手を挙げてデタラメなことを言うのはみんな留学生。それでも平気。日本人は常に空気を読んでいる。
ゼミの採用時に書かせるエントリーシートも、日本人学生は平均的に内容が乏しい。やはり日本はアピールしてはいけない社会だからだろう。ネット上ならアピールできるという現状もあるが、それはあくまで匿名の場合であり、実名で顔も出すという条件になると、やはり空気を読んで黙ってしまう。実名登録に価値のあるFacebookが普及すれば、みんなが実名を出すようになるのか、それとも実名を嫌うから日本では普及しないのか? まだどちらとも判断がつかない。

対面クチコミの「信頼性」と匿名クチコミの「有用性」

ホンダのサイトにHondaDogというページが設けられている。犬と車のある暮らしの提案ということだが、ユーザーからのクチコミで構成されているコミュニティもある。車そのものではなく、犬と車というテーマ設定がうまい。当然、ある一定の情報操作はされているだろうが、注目度はかなり高く、実際にホンダ車購買のきっかけになっている。
同様に自社のサイトにユーザーの声を載せている企業は多いが、ホンダは究極の成功例だろう。犬好きにとって、車に乗って犬と暮らす生活に有用な情報は、このサイト以上にいいところはないに違いない。

そもそも、なぜクチコミが重要視されてきたのか?
それは信頼性の高さにある。自分の知っている人が持っている情報だから信頼できる。しかし、本来クチコミの価値というのは、信頼性という尺度に加え、有用性という尺度で見なければならない。
従来の対面クチコミは、信頼性は非常に高いが、有用性はそれほど高くないと言える。自分の周りの知っている人から伝わってくる情報だから、受け身でもあるし、たまたま自分の知人が使ってみてよかったものを買って、自分も満足できるかという尺度で見ると、購買意志決定の有用性は疑わしい。
ネットのクチコミは逆に信頼性が低い。匿名性が高いため、たとえばアマゾンの書評でも、穿った見方かもしれないが、著者本人が書いているかもしれない。しかし、やり方によっては有用性が非常に高い。
この有用性という尺度を入れると、ホンダのようなクチコミサイトを作れる可能性は高い。クチコミをねつ造するのはよくないが、うまく利用することはできるはずだ。 それは、“自社製”という信頼性の低さを有用性で補完しながらクチコミを載せることだろう。

私は、以前、架空の旅行サイトを制作し、長期滞在型のリゾートホテルを選ぶ際、クチコミがどの程度影響するのかという実験を行った。あらかじめ被験者が大事だと思う選択のポイントを20項目ほど聞いておく。たとえば、ペットと一緒に泊まれることが大切だとか、プライベートプールがついているホテルがいいなど、人それぞれ重視するポイントは違う。
被験者が非常に重要だと思う項目と近いポイントを評価した別のリゾートホテルのクチコミを見せると、彼らはそのコメントに大きな影響を受けることがわかった。クチコミが情報採用者に響く背景は、結合性と類似性というふたつの側面から考えられる。
結合性は、情報を採用するうえで重要だと思うポイントがクチコミ発信者側とどの程度近いかということ。類似性は、属性が情報採用者とどれだけ近いかということ。リゾートホテルのクチコミ実験では、自分と結合性が強い人のクチコミを見た被験者が彼らから大きな影響を受け、購買意向(ホテル予約の動機づけ)が優位に高まったわけである。
ホンダのサイトが成功しているのは、まさにこの結合性と類似性をうまく利用しているからにほかならない。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
澁谷 覚

澁谷 覚

現在:
東北大学大学院経済学研究科 教授
専門:
マーケティング、消費者行動
主な研究業績:
「アナロジーにもとづく構造的ソーシャル・レコメンデーション:インターネット上のクチコミ情報におけるレコメンデーション効果に関する研究」
 
「説得的コミュニケーションの情報処理における2重過程×2層モデル」, 『日本情報経営学会誌』, 30(4), 69-80, 2010年.
 
「ネット・クチコミの発信者に対する手がかり情報が受け手に及ぼす影響」, 『日経広告研究所報』, 43(4), 80-94, 2009年.
 
「インターネット上の情報探索:消費者によって発信された体験・評価情報の探索プロセス」, 『消費者行動研究』, 13(1), 1-28, 2006年.
 
…他

 

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