2011.1.28 update
(横浜国立大学 経営学部経営システム科学科 教授)
かつては憧れだった高級ブランドも、バブルを経た日本では必ずしも手の届かないモノではなくなっている。
しかし、低迷する世界経済の影響で、ハイブランドの一部は低価格路線を取り始めている。高級車の代名詞・MERCEDES BENZに200万円台のプライスタグが付こうとは、誰が想像しただろうか? 「いつかはメルセデス」は「いつでもメルセデス」と大衆化してしまったのか?
こんな時代のブランド戦略、マーケティングはいかに展開するべきか。消費者の価格評価に詳しい、白井先生に聞いた。
メディアでは、最近の若者は酒を飲まない、旅行に行かない、消費をしなくなったと盛んに報道しているが、決してそんなことはない。人間にもともと備わっている刺激を追求する衝動はなくなっていないはずだ。ただし、かなり使い分けをされていることは事実。刺激追求が働く対象と働かない対象がはっきり分かれている。
消費意欲はなくなったわけではないが、それを今、実行に移すかどうか、という問題なのだろう。経済的に厳しい学生が増えてきているから、旅行に行きたくても、今はやめておこうという心理が働く。それでも、何かのきっかけ、たとえば卒業が決まれば、卒業旅行と称して海外旅行に出かけたりするのである。
ただ、かつては同じ行動パターンで動いていた若者も、最近は多様化している。以前、ある消費財メーカーの会長が「若者のマーケティングは簡単だ」と言っていたが、最近はひとつのパターンに収まらない分、難しくなっているのはたしかだろう。
消費者の行動を理解する鍵は内的参照価格である。内的参照価格は記憶から想起されるもので、販売価格がそれよりも高いと割高感が、逆に低いと割安感が生じる。人によって異なるので、同じ価格を見ても内的参照価格が高い人は割安に、低い人は割高に感じるという現象が起きる。
今、消費を控えている若者と、たとえばバブルを経験した、経済的にゆとりのある世代の間に、内的参照価格の差はあるのか? と考えると、多少あるのかもしれないが、世代間に大きな差はないだろう。
7~8年前、アクセシブル・ラグジュアリーが流行った。つまり手の届く高級品である。本当に高価なプレミアム・ブランドと普通のブランドの間を埋めるように登場したブランドで、代表的なのはCOACH。このアクセシブル・ラグジュアリーを狙って、LOUIS VUITTONやGUCCIが価格を少し下げたラインを出した。価格帯を下方へと広げた分、ブランド価値へのマイナスの影響はあったと思うが、一部の商品に限られていたため全体的なブランド価値は大きく下がっていないだろう。ただし、こうしたアクセシブル・ラグジュアリーで満足しようとする消費者は増えた。
いずれにしてもプレミアム・ブランドのブランド価値自体は下がっていないから、内的参照価格も下がっていない。それは若者の間でもあてはまる。
プレミアム・ブランドは誰もが憧れ、嫌いだという人はあまりいないに違いない。しかし、好きであれば誰もが買うかと言えば、それはまた別の話になる。
つまり、好きであるという態度とは別に、自分が実際に購買するかという態度が関わってくるのだ。たとえばフェラーリ。好きなのは違いないが、実際に買って所有するのは現実的ではない。
若者は、この購買態度が下がってきている。フェラーリは極端な例だが、LOUIS VUITTONのように、より身近なブランドで、若者の購入意向が下がっているのである。
しかし、それも若者のライフステージの変化で変わってくるはずだ。所得が増えたり、昇進によって社会的地位が上がれば、購買態度にも変化が出てくるだろう。
ハイブランドのブランド戦略、マーケティングは、あくまでも従来の方法を踏襲すべきである。ハイブランドは品質への信頼が強く、そこに価値を見いだしている。品質にもさまざまあり、PBでも満たせる品質はあるが、ハイブランドがもっている品質とは全く違う。
内的参照品質、いわゆる期待品質が違うわけだから、その品質は数ヶ月の短期間でメディアが宣伝したところで備わるものではなく、長い間形成してきたイメージ戦略が大切なのである。
クチコミはこのようなハイブランドには向かない。クチコミはあくまでもファストファッションのような、皆にウケるモノには向いているが、クチコミに乗るようなものはそもそもハイブランドとはいえないだろう。だから、広告などでエレガントさや長く使えるデザインといったいいイメージや洗練されたユーザー・イメージを長く強く形成していくのが重要だ。
消費マインドが冷え込んでしまっている今、内的参照品質が下がっているから、ユニクロやスーパーのPBで満足してしまっているが、内的参照品質が低いということは、満足もそれほど大きくはない。価値が少なすぎる。だから、満足しているとはいえ、本当にいいモノを買って得られる満足とは全く違う質のものだから、消費者はずっとユニクロに留まっているとは思えない。ハイブランドでしか得られない付加価値を感じさせ、何が違うのかをはっきり訴えていくことが重要だろう。
また、ハイブランドがレベルダウンしたラインを出すのは非常に危険なことである。そもそも大衆化はブランド価値を下げる。
しかし、売り上げを追求するとそうせざるを得ない。だとすれば、全く別のブランドとして立ち上げるべきだろう。たとえば、BURBERRYがブルー・レーベルというセカンドラインを展開しているが、BURBERRYと名が付けば内的参照品質も高くなるわけだから、「それにしては……」と失望される危険もある。
ただ、いい点も考えられる。若いときにBURBERRYの良さに親しんでいれば、ライフステージの上昇によってBURBERRYのもう少しいいものを求めることも期待できる。とはいえ、一方でブランド価値が壊れてしまっている部分もあるから危険なのである。
MERCEDES BENZが展開しているCクラスやAクラスも危険だが、デザインではっきり区別されているから決定的な危険はないかもしれない。しかし、やはりMERCEDES BENZという高級車のイメージが大衆に近づいてしまったのは紛れもない事実である。
消費者はモノを買うと、後で「なぜ買ったのか?」を考える。その理由を何に帰属させるか? 帰属理論を援用すると、低価格のモノは「安いから買った」という価格だけに結びつく結果になる。この結びつきは非常に弱いから、そこにブランドへのロイヤリティはない。当然、ほかに安いモノが出てくれば、そこへいってしまう。逆に、品質の高いプレミアム・ブランドは、大きな満足に帰属するから、リピート効果が高くなるわけである。
プレミアム・ブランドは、あくまで高価格を維持し、品質を始めとする高価格ならではの様々なベネフィットを全面に展開すべきなのだ。そして、長期的に愛され、ロイヤリティをもってもらうべきである。
かつて、いいモノを買う層は比較的所得の高い層だったから、所得と高級品の関係は非常に強いものだった。
しかし、7~8年前に消費の二極化が言われ始め、中流層でもこだわりのあるモノについては高級品を買う傾向が出てきた。たとえばBMWを買って、服はユニクロでいい。一点豪華主義を狙って、JAGUARがX-Typeという400万円台のモデルを出したこともあった。この傾向を見ると、当時は所得と購買態度の関係が希薄になっていたと言える。
現在はといえば、両者の関係がまた表れ始めている。全体的な買い控えの傾向にあるため、好きなモノでも購入までは至らない。本当にいいモノを買うのは、豊かな層に絞られてきたように思える。
製品に対する好悪の態度に変化はないものの、購入態度に影響しているのである。
※本記事は取材を元に作成。
白井美由里