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2011.7.3 update

家庭科不要論

梶原公子(社会臨床学会運営委員)

弁当男子やら裁縫男子なんてのがテレビで取り上げられたりすると、
経済的にやむを得ずという事情もあるだろうが、同時に、これは家庭科共修の成果なのか? とニッポンの教育を称賛したくなる。
しかし、20数年にわたり高校でこの教科を担当し、男女で学ぶ教科にするための運動にもかかわってきた梶原公子氏は「家庭科はもはや不要ではないか」と主張する。その真意は?

家庭科の正体

家庭科というのは、衣食住と保育、高齢者介護、消費者教育など、家族・家庭にまつわるさまざまなことを学習する教科である。そのルーツは明治期の女子教育であって、「裁縫教育」を通して近代国家をつくる上で役に立つ従順な「母」を育てることにあった。終戦直後、「戦後民主主義教育のホープ」として男女で学ぶ「家庭科」が新設されたものの、高度経済成長期には「サラリーマンの夫を支える妻」を育てる主婦養成教科として重要な役割を果たす。1989年、男女で学ぶ教科に変更され、男女平等教育の一貫として位置づけられるようになった。
この経緯を見ると、あたかも日本は男女平等教育が根づいていると思われるかもしれない。が、ことはそんなに単純ではない。

家庭科は生活技術を教える教科で、履修すればそれらが身につくと考えられる方もいるだろう。が、実際そうだろうか。
たとえば被服実習。かつては女子生徒にワンピースやスカートなどを作らせていたが、現在高校で被服製作はあまり行われていない。裁縫道具を持たず、ちょっとした繕い物すらしない生徒も少なくない。
調理実習はどうか? 多くの高校生は3年間で2単位しか履修しない。これだと3年間で60時間を欠ける授業時間しかない。このうち調理実習に割くことができる時間はわずかである。3年間で数回程度の調理実習で、果たして調理技術が身につき、料理ができるようになるだろうか?
昨今では、包丁を持たせて怪我をさせたり、火を使ってやけどをさせたりすれば、大きな問題になる。そんなトラブルを避けるために、調理実習に腐心している教員も少なくないと聞く。
生活技術を定着させるという目的であれば、授業時間数、生徒の家庭での生活実態などいくつもの高いハードルを越えなければそれを達成させるのは困難である。
50時間あまりの授業時間のほとんどを衣、食、住にかかわるスキル、ノウハウの習得に当てるようにするという方法もある。そうなると抜け落ちた「保育」「家族」あるいは「高齢者介護と福祉」「消費者教育」などは別立てで科目を設定しなくてはいけない。
けれども、国、文科省は従来の方針を変えることなく、50数時間では到底やりきれないほどの内容をこの教科に盛り込んでいる。

それでは、いったい何のために家庭科はあるのだろうか?
「男女平等教育」「生活に関する知識、技術を学ぶ」というのはあくまで名目、オモテ向きの顔であり、設置された本当の狙いはそのウラに隠されている。本当の目的とは、生徒たちにある種の「徳目」を教え込むことにある、と私は考えている。その徳目として最も重視されているのが「愛情」という誰もが反対しにくいものである。
この国の権力者は「愛情(家族を愛する心)」というものを教科教育のどこかに入れておきたい、ことに女性にそういう「態度」を身に付けてもらいたい、そうすることですべての女性は主婦となり、家事、育児、老親の介護を当然のこととして行う「態度」が身につくに違いない、それができるのは家庭科をおいてないと考えたのではないか。
こうして「愛情」という徳目は戦後家庭科が新設されたときから教科の中に埋め込まれ、その後主婦養成教科のときはもちろん、男女で学ぶいまも「子どもを愛し、夫を愛し、老親をいつくしむ心」を持つよう教育する、そういう教科として有効に活用されてきたものと思われる。
もちろん「愛情」は大切だ。しかし、すべての生徒が一定の「心」や「態度」を持つよう、国が教育を通して生徒をコントロールしていくことに戸惑いを感じないわけにはいかない。

「家族、家庭」を教えることはできるのか?

現場で教員をしていたとき、さまざまな社会での困りごとが次々に家庭科に投げ込まれてくるのを感じた。例えば、消費社会の進展に伴って消費者教育は70年代には行われていたが、90年代にはさらに内容が増えた。どのような内容かといえば「水道の水の出しっぱなしはやめましょう」「テレビを時計代わりに使うのはダメです」「キャッチセールスなど悪徳商法に注意しましょう」などなど・・・。
性教育は、90年代に新たに取り入れられた(が、いまは削除されている)が、生んでも子どもを育てられないにもかかわらず、「高校生にだって性行為をする自由がある」ことを前提に行われるようになった。
つまり主体的に消費行動や性行動を選び取っていく、そういう生徒を育てる内容とはいえなかった。
この教科は本質論を教えず、国や企業が都合のよい方向に流され、コントロールしやすい人間を育てる内容になっているように思われた。

2010年、新しい学習指導要領が出された。このなかのキーワードは「自立と共生」だと思われる。
「自立と共生」はまことに素晴らしい理念と思われるだろう。
ここでいう「共生」とは、結婚し、「標準家庭」をつくることであり、子どもを生み、かわいがって育て、さらに老親の介護に当たるというように生きることをさしている。一方「自立」とは、社会人として自己責任のもと就職し、賃金を稼ぎ、経済的に自立するというように人生その時、その時の課題を自力でクリアしていくことをさしている。
子どもをかわいがることも高齢者を介護することも、自力で生きる力も大切だ。
しかし、この教えに従って「共生」しかつ「自立」できる若者は一体どのくらいいるだろうか。また、このような「自立と共生」は果たして可能だろうか。
「自立」とは、男が社会に出て家族を養うための糧を稼ぐことを意味し、「共生」とは、女が家庭に入って家を守ることを意味している、そういう性別分担家庭をつくると読むのが妥当ではないか。
さらに「自立」も「共生」も、国家の世話にならず生きること、しかし国家にはちゃんと貢献する人間になるように説いている。そういう人間が増えることで日本は今後も「持続可能な社会」になり、経済も安定する、というストーリーになっている。
明治期にお国の役に立つ「母」を育て、それがうまくいったのは100年も前のことである。時代も社会もそして生徒の意識も変化しているのに、同じ方式を当てはめようとしているのである。
このように国が教育を通して個人の生き方を規定し、介入することに危険なものを感じるし、
今の10代の若者にこのやり方を当てはめたとして、幸せな生き方ができるとは思えない。

2010年の夏は猛暑だった。
暑いさなか連日報じられたニュースがある。いわゆる「所在不明高齢者問題」だ。生きていたら150歳を越すというように、明らかに存在していない人が戸籍の上では生きていたという問題だ。
この問題は社会保障の枠から外れている人がいる一方で、戸籍の上だけで生きていたら年金が支給されるという矛盾、戸籍という人口管理のシステムに依存することの歪みを露呈した。
さらに老親の死後その死を隠して年金をもらっていたのは、家族と一緒に暮らしている方であるということから、「家族っていいもの」という美名に疑いが投げかけられることにもなった。
「無縁社会」「弧族」という言葉ももたらされた。
このように現代社会では、「家族、家庭」はどのように扱えばよいのかわからないほど大変な実態がある。だからだろうか「家庭科って大事」という声は学校内でも多く聞かれる。にもかかわらず、そういう<評価>とは裏腹に受験教科に比べてずっと低位置に置かれ、注目度も低い。

美学的教科の必要性

というわけで、いまや現行の家庭科は10代の生徒に適合していないと思われる。
だから現行の家庭科は「不要」だと考える。
それではどのようであれば生徒にあった<家庭科>といえるだろうか。
冒頭に述べた生活技術をきちんと教える教科、という組み立て方があるかも知れない。が、生活技術を重視すれば生活密着型の教科になる。生活に密着した技術というのは生活に時間やゆとりをかけられない、というニーズから発生している。
例えば、朝時間がないから手軽で栄養のある朝食を作って食べ、早々に会社や学校に行き、そこで生産性が向上するよう仕事や勉強をこなす、というように労働力再生産のための技術、効率優先社会にあわせ、手早く家事をこなす技術である。
そうなると食事とは働くため、健康維持のために必要なエネルギー補給<作業>になってしまい、そのための技術とは経済成長するために必要な技術になりかねない。
しかし、震災以後この国はこれまでのような効率、経済を優先にした存立基盤から脱し、見直さなければならないように迫られている。
そうだとすれば、これまでの生活スキルとは違ったやり方、これまで面倒くさいといって切り捨ててきたやり方をもう一度拾い集める必要があるだろう。
それは<くらすこと>そのものが心地よく楽しいと感じられる方法、いってみれば美的感覚、感性、感情に訴えかけられるような教科として、生活に快楽を繋げていく美学的教科として構想、リメイクできないものかと考える。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
梶原公子

梶原公子

元:
県立高校家庭科教員
現在:
社会臨床学会運営委員
専門:
社会臨床学
著作:
井上芳保編著『セックスという迷路』長崎出版2008(共著)
 
『自己実現シンドローム』長崎出版2008年(単著)
 
『女性が甘ったれるわけ』長崎出版2010年(単著)

 

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