The Social Insight Updater

2011.8.21 update

日本的ソーシャルメディアはキャラとエリアの影響大

濱野 智史(株式会社 日本技芸 リサーチャー)

2ちゃんねる、mixi、GREE、mobage、Facebook、Twitter…etc.。
一口にソーシャルメディアと言っても、それぞれに集う「住人」の間には暗黙の境界線がある、と(株)日本技芸リサーチャーの濱野智史氏は指摘する。
それを左右するのは年代なのか、キャラなのか、居住エリアなのか。ハイコンテクストな日本社会ならではのソーシャルメディアとそのユーザーとの関係を解きほぐして頂く。

オタク or 非オタク = Twitter or Facebook ?

海外では基本Facebookにほぼ全員が登録するという状況だが、日本ではオタクかそうでないかという「文化階級」の違いによって、ソーシャルメディアも棲み分けられる傾向にある。
そもそも日本では、80年代くらいから「新人類/オタク」「ネアカ/ネクラ」「イケてる/イケてない」「モテ/非モテ」というように、「オタクかそうじゃないか」が最も人間関係を分ける要因になっており、ライフスタイルもコミュニケーション作法も全然違う。mixiは2004年頃から20-30代を中心に大きく普及したが、どちらかといえばそれは「リア充」寄りの人たち向けのサービスで、当時からオタク系のユーザーはmixiは「リア充くさい」と感じてあまり積極的に使っていなかった。そう感じていたユーザーの多くがその後Twitterに飛びついていった。その一方で、mixiユーザーの多くを占めていた「リア充」寄りな人たちは、今度はFacebookに流れているのかもしれない。

そういう違いが出るのは、それぞれのサービスの特性を反映してもいる。
Twitterは情報の拡散性が強く、140字の短い文章がどんどんRTされて広まっていくので、オタク的な情報収集を好む人達には最適なアーキテクチャ。
一方のFacebookはmixiと同じで、親しい友人どうしが一対一でがっつりつながりあうコミュニケーションに適している。もちろんリア充な人達もTwitterは使っているし、友達どうしだけでコミュニケーションするために使うこともできるが、非常にざっくり見れば、Twitterはオタク系でFacebookはリア充系という棲み分けが起こっている。
これはおそらく日本独自の文脈といえるだろう。
最近、高校一年生の女の子たちにインタビューをする機会があったのだが、クラス内で「オタク系かそうじゃないか」の割合はだいたい半々といったところで、ライトオタクの子はTwitter、普通の子たちはmixiときれいに棲み分けているらしい。そして、その2つの層は文化的にクラスタが違うので、ソーシャルメディア上でも混ざり合わうことはない。

日本のソーシャルメディア受容について考えるときは、こうした実際のユーザーたちの文化的作法というか、受容される文脈がとても重要になる。
ただアメリカで流行っているから日本でもFacebookが来るとか、そんな単純な話では全くない。
たとえば最近は、Twitterも「2ちゃんねる」的なネタ的コミュニケーションの傾向がどんどん強くなってきた。もともとTwitterはハッシュタグの機能もあるので、ある特定のジャンル、例えばアニメだったりを愛好するユーザーたちが共通のハッシュタグのもとに集まって、アニメについてリアルタイムで熱くで実況したり、語り合ったりして、そこでつながりが広まって…というサイクルが生まれやすい。
最近Twitterでは日本語ハッシュタグの機能が実装されたが、そこではまさに2ちゃんねる的なネタ的会話が繰り広げられている。

一方、かつてmixiはこうした2ちゃんねる的なものからは隔絶された、安全な空間として登場し、人々に受け入れられた。
mixiが登場した2004年頃というのは、2ちゃんねるも非常に盛り上がっていた時期で、大規模なオフ会もよく行われていたし、ちょうどそれ以前の2003年頃からブログも増えていたので、よく2ちゃんねらーがブログのコメント欄を起こす炎上も頻発していた。
だからあまりネットを使わないリア充なユーザーから見ると、ネットというのは「=炎上(→コワイ)」というイメージが出来ていたタイミングだった。それに対しmixiは、まず「ウチは招待制でクローズドだから安全です」ということを謳った。mixiには2ちゃんねらーたちは入ってこれません。なぜなら招待制だし、と。
ブログで日記書いて炎上するくらいなら、mixiで日記書けばいいじゃん、足あともあって便利だし、という受容のされ方をした。そうやってブログユーザーがある程度mixiに流れるという現象が見られた。

一方でFacebookについて言うと、mixiが6-7年経って成熟期に入ってきたこともあり、mixiに飽きてしまった人たちが、もう一度当時の興奮や楽しみを求めているようなところもあるのではないか。
ソーシャルメディアの面白さというのは、学校でいえば「クラス替え」や「席替え」のときに感じる妙な興奮感・期待感に似ていて、どんどん新しい友達が増えていく快楽。あるいは同窓会と同じで、昔の友達に再会して「おー久しぶり!」といいあうことの面白さ、それがリア充系SNSの魅力の大半。だからSNSというのは、どんどん友達が増えていく最初の3ヶ月くらいが面白くて、あとはだんだんメンバーも固定化して窮屈になっていってしまい、あまりログインしなくなったりする。
Facebookはmixiと違って実名限定などの縛りはあるが、その魅力の本質的な部分は基本的に同じだと思う。

「名刺代わり」ニーズがあるかないか

日本のソーシャルメディア受容を考えるとき、ユーザーの居住エリアが大きく影響することも無視できない。
これはブログのときから言われていたことなのだが、都市部にTwitterなどのソーシャルメディア利用者が多いのは、人間関係が頻繁に行き交う都市空間だからこそ。そこではソーシャルメディアのアカウントを名刺代わりに使うといったニーズが発生する。
それに対し、地方では基本的に顔見知りに囲まれた小さなコミュニティに暮らしているので、別にソーシャルメディアなんてあまり必要ない。人間関係の流動性が高いからこそ、ソーシャルメディアを通じて相手のパーソナリティを探ったり、自分のキャラをネットで表現したりといったコミュニケーション作法が必要になる。だから都市部のほうが、ある種の「社交術(ソーシャルスキル)」の延長線で、ソーシャルメディアが普及しやすい。
このように、こと日本国内の状況で考えると、そのサービスがどういうキャラと適正があっていうのか、そして居住エリアは都会なのか地方なのかという2つの要因が、ソーシャルメディアの受容を大きく左右する。

これはあくまでもおおざっぱなイメージの話だが、これに対しGREEやmobageは地方圏での受容が中心。mixiは招待がないと入れなかったので都市部のホワイトカラーや学生層に利用者が集中していたが、地方ではmixiユーザーとの接触機会が絶たれるので例えばau公式から登録できたGREEにユーザーが集中する。
実際、これまで首都圏の方2-300人にインタビューをしてきたが、その中でGREEとかmobageをがっつりSNSとして使っている人はほんの数人しかいなかった。都市部と地方では、実はソーシャルメディアの受容において大きな分断がある。

では、日本と違いアメリカでは誰もが等しくFacebookにがっつり接しているかというと、そう話は単純ではないらしい。
最近は、アメリカでもソーシャルメディア上でのコミュニケーションに疲れを感じる人は存在するようでmixiからTwitterに移住するというような、ちょっと日本的な現象も出てきているようだ。
最近、アメリカの「4chan」という、日本の2ちゃんねる的な匿名掲示板の管理人(moot氏)と話をする機会を得たが、アメリカのオタク系ユーザー達の中には、Facebook疲れというか、Facebookは窮屈だから使いたくない、というユーザーも一部いると言っていた。

このように考えると、企業の「ソーシャルメディア戦略」というのは、こうした、各メディアごとのキャラやエリアの違いを理解しないと全く通用しないということ。訳も分からず「いまFacebookが来てるらしい!」と雑誌の特集などを見てチャレンジしても、失敗するだけだろう。
重要なのは、各メディアごとの雰囲気というか「土地勘」を掴むこと。
ソーシャルメディアで何かキャンペーンを打つにしても、「ウチの商品はどこっぽい?」  というキャラ設定を検討するところから入らないと、その土地の空気とうまく合わずにスベってしまう。非常に曖昧な話だと思われるかもしれないが、ソーシャルメディアを企業が使うというのは、要はこうした「転校生が新しいクラスにいかに馴染むか」というのに近いコミュニケーション戦略が求められるように思う。

※本記事は取材を元に「The Social Insight Updater」編集部が作成しました。

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プロフィール
濱野 智史

濱野 智史

現在:
株式会社技芸リサーチャー
専門:
情報社会論
著書:
『アーキテクチャの生態系』 NTT出版 2008年(単著)
 
『ised:情報社会の倫理と設計』河出書房新社 2010年(共著)
『日本的ソーシャルメディアの未来』 技術評論社 2011年(共著)他

 

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